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『アメリカの不良娘・ベッキー 』Vol.8――「赤鬼の夢と、生卵かけご飯の朝」――

『アメリカの不良娘・ベッキー 』Vol.8――「赤鬼の夢と、生卵かけご飯の朝」――

結局その日は、これからの僕の方向性を見いだせるようなアドバイスを、斉さんから貰うことは出来なかった。

人生の分岐点のような気がしていた。
このまま飛び続けるのか。
別の道を探すのか。
それとも、ただ流されるのか。

そんな問いを胸に抱えて、僕は斉さんの部屋を訪ねたのだ。

けれど――。

斉さんは、ずっと笑っていた。

最初は、僕の話のどこかがおかしいのかと思った。
真面目な相談だ。笑う要素はない。むしろ重たい話だ。

「いやぁ〜、ははははは……!」

目を細め、腹を抱え、止まらない。

僕が「今後の進路について」と切り出しても、

「うんうん……はははは……それで? ははは……」

全然、会話にならない。

後から聞いた話だが、あの日ベッキーの家でみんなで“ブッ飛んだ”とき、斉さんはこっそり葉っぱを持ち帰っていたらしい。

そして僕が訪ねていった時、ちょうどそれを独りで楽しんでいる最中だったのだ。

タイミングが悪いというか、運が悪いというか。

真剣な人生相談に来た若者と、絶好調で宇宙を漂っている中年男。

交わるはずがない。

結局、僕は何の答えも得られないまま部屋を後にした。


悶々とした夜

ベッドに横たわっても、眠気はなかなか訪れなかった。

天井を見つめながら、頭の中で同じ問いがループする。

このままでいいのか?
自分はどこへ向かっている?
今の選択は正しいのか?

その不安は、いつの間にか形を持ち、夢の中へと入り込んだ。

赤鬼のような大男。

身の丈は三メートルはあるだろうか。
筋肉の塊のような体。
黄色く濁った目。
牙をむき出しにして、こちらへ向かってくる。

僕は逃げる。

必死に。

足がもつれる。
息が上がる。
振り返ると、もうすぐ後ろだ。

「やめろ!」

声を出しても届かない。

捕まる。

そして――。

頭から、バリバリと。

骨が砕ける音が聞こえた。

そこで目が覚めた。

汗でびっしょりだった。


朝は来る

時計を見ると、まだ早朝。

今日は午前中にフライトがある。

パイロットにとって、集中力は命だ。
空を飛ぶということは、常に冷静であることを求められる。

夢の余韻に引きずられている場合ではない。

何か食べなければ。

キッチンに立ち、炊飯器を開ける。
湯気がふわりと立ち上る。

茶碗にご飯を盛る。
卵を割る。
醤油を少し垂らす。

生卵かけご飯。


日本人にとっては、当たり前の朝の光景だ。

立ったまま、無心でかき込む。

すると、窓の向こうに見慣れた赤いトラックが見えた。

空港のゲートから、こちらへ向かってくる。

あれは――。

ベッキーだ。

やばい。

なぜやばいのか。

昨日、途中で帰ったことがバレるからか。
それとも、あの赤鬼の夢が現実になる予兆なのか。

自分でも分からないが、心臓が早鐘を打つ。


赤いトラックと黒髪の少女

トラックが止まり、ベッキーが降りてくる。

そして、もう一人。

スター。

ヒッチハイクの時、ベッキーと一緒にいた黒髪の女の子だ。

背は小さいが、目が強い。
エキゾチックで、勝ち気な雰囲気。

九州工大のポンが一目惚れした相手でもある。
(それを聞いたのは、もっと後の話だが。)

みんなが声をかける。

「Good morning! Becky! Star!」

「Good morning, guys! みんな、おっはよ〜!」

スターが僕を見る。

「Hi, Bon. What are you doin’? ボン、なにしてるの?」

「Having breakfast. 朝飯。」

「What are you eating?」

「Rice and egg. ご飯と卵。」

スターは首を傾げる。

「Where is egg? どこに卵があるの?」

「Putting on rice. ご飯にかけてるんだよ。」

「Haaaah?」

「Raw egg on the rice?」

「Yak!!」

顔をしかめる二人。

どうやらアメリカでは、生卵を食べる習慣はないらしい。

文化の違いというのは面白い。

僕は黙々と茶碗を空にした。


逃げた理由

ベッキーが突然、真顔で言った。

「Bon, why did you leave my house before finishing dinner last night?」

ボン、なんで昨日帰っちゃったの?

あわわわわ……。

脳内で警報が鳴る。

どう答える?

本当のことを言うか?
斉さんがブッ飛んでいたとか、空気がカオスだったとか?

それとも、適当な理由をつけるか?

「Uh… I was… tired. ちょっと疲れてて…」

ベッキーはじっと見る。

嘘はバレる。

「You looked serious. なんか深刻そうだったよ。」

図星だ。

僕は少しだけ、正直になることにした。

「I needed some air. ちょっと考えたかったんだ。」

ベッキーは少し黙った。

そして言った。

「You think too much, Bon. あなた、考えすぎよ。」

その言葉が、妙に胸に刺さった。


赤鬼の正体

あの夢の赤鬼は、きっと誰かではない。

未来かもしれない。
不安かもしれない。
責任かもしれない。

空を飛ぶという選択。

海外で生きるという選択。

自分で選んだ道なのに、不安になる。

けれど――。

逃げても、追ってくる。

捕まるまで。

ならば、振り向いてみるしかない。


生卵かけご飯の哲学

あの朝の生卵かけご飯。

外国人から見れば「Yak!!」だ。

でも、僕にとっては安心の味だ。

どこにいても、これを食べれば自分に戻れる。

文化の違いは面白いが、自分の芯は捨てなくていい。

スターが言った。

「Is it good?」

「Yeah. Very good.」

「Maybe I try someday.」

その一言が嬉しかった。

違いは壁ではなく、橋になる。


方向性は、他人がくれるものじゃない

あの日、斉さんからアドバイスは貰えなかった。

でも、今なら分かる。

方向性というのは、誰かが与えてくれるものではない。

笑っている人からも、
赤鬼の夢からも、
生卵を嫌がる外国人からも、

ヒントはある。

でも、決めるのは自分だ。

ベッキーが最後に言った。

「Come on. Let’s fly.」

行こう。飛ぼう。

そうだ。

考えすぎる前に、飛ぶ。

空に上がれば、視界は広がる。

地上で赤鬼に追われていても、
上空では静かだ。

エンジン音だけが、確かな現実。


朝は、いつもやってくる

どんな夢を見ても、
どんなに悩んでも、
朝は来る。

そして、腹は減る。

だから、食べて、飛ぶ。

それでいいのかもしれない。

あの朝、赤いトラックと一緒にやってきたのは、
恐怖ではなく、日常だった。

僕は茶碗を洗い、制服に着替え、空港へ向かった。

赤鬼は、まだ心のどこかにいる。

でも、もう追いかけられてはいない。

時々、振り返って見る。

そして思う。

あれはきっと、

自分自身だったのだと。


もしここまで読んでくれたあなたが、今何かに追われているなら。

一度、生卵かけご飯でも食べてみてほしい。

そして、空を見上げてほしい。

朝は、必ず来る。

そして、飛べる日は、きっとまた来る。

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